現在こうした議論は
現在こうした議論は心の哲学(心身問題や自由意志の問題などを扱う哲学の一分科)を中心に展開されており、古来からの哲学的テーマである心身問題を議論する際に中心的な役割を果たす概念として、クオリアの問題が議論されている。
また科学の側では、神経科学、認知科学といった人間の心を扱う分野を中心にクオリアの問題が議論される。とはいえ科学分野では哲学的議論に巻き込まれることを嫌って、意識や気づきの研究として扱われている。
人が痛みを感じるとき、脳のニューロンネットワークを走る電気信号自体は、「痛みの感触そのもの」ではない。脳が特定の状態になると痛みを感じるという対応関係こそあるものの、両者は別のものである。
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クオリアとは、ここで「脳の状態」だけからは説明できない「痛みの感触それ自体」にあたるものである。
クオリアという言葉は、「質」を意味するラテン語に由来する。この言葉自体の歴史は古く、4世紀に執筆されたアウグスティヌスの著作「神の国」にも登場する。しかし現代的な意味でこのクオリアという言葉が使われ出すのは、20世紀に入ってからのことである。
まず1929年、アメリカ合衆国の哲学者クラレンス・アーヴィング・ルイスが著作『精神と世界の秩序』において現在の意味とほぼ同じ形でクオリアという言葉を使用した。