ホスロー2世がビザンチン帝国に敗戦した後、サーサーン朝は消耗し、国内は混乱した。 アラブに接するイラク南部の国境線の守備力も下がった。 現在のイラク南部には湿地帯が広がっているが、この混乱期に荒廃したと言われている。
610年頃、ムハンマドは現サウジアラビアのマッカ(メッカ)郊外でイスラム教を興した。 ムハンマドが作ったイスラム共同体は正統カリフに引き継がれてアラブ人を中心とするイスラム帝国が誕生し、急速に拡大した。
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サーサーン朝には、イスラム帝国の侵攻に耐える力が残っていなかった。 636年頃のカーディシーヤの戦いでイスラム軍がペルシアの主力軍隊を破り、そのままペルシア帝国の首都クテシフォンを奪い取った。 638年には、イスラム軍はクバルバラ地方(現イラク)をほとんど征服した。 サーサーン朝の皇帝ヤズデギルド3世は651年に暗殺され、サーサーン朝は名実ともに滅びた。
656年に第4代正統カリフとなったアリー・イブン=アビー=ターリブのとき、首都をイラクのクーファに移したが、内部の対立によってアリーは661年に暗殺された。 アリーの暗殺後、ウマイヤ朝が成立し、首都をシリアのダマスカスに移して世襲王朝を築いた。